何かを許せないことほど、辛い気持ちはありません。肉親を事故や事件で失った人は、どうしても相手を許せず怨んでしまいます。中には、一生怨み続ける人もいるでしょう。でも、それは本人にとって、とても辛いことなのです。
また、自分の不注意で子供を事故に合わせてしまった場合など、自分のことをずっと許せなくなってしまいます。いつもあのときこうしていればと、繰り返し繰り返し自分を責め続けるのです。
でも、本当に相手や自分を責め続けなければいけないのでしょうか?一生苦しむことがわかっていながら、どうして許せないのでしょう?
ごく身近なことで考えてみてください。事情がわかれば許せるということがあるはずです。たとえば、留守番を子供に頼んでおいたとしましょう。帰ってみると子供がいません。心配して探し回っても見つからず、待っていると1時間ほどして帰ってきました。あなたは「何してたの!?」と子供をしかりませんか?
怒って叱り付けた後で、子供は事情を説明します。友達からサッカーに誘われたのです。どうしても人数が足りないからと。友達を助けてあげたいという思いから、誘われるままにサッカーをしに行ったのです。
「だったらメモくらい残しておけばいいじゃないの!?」あなたの怒りは収まらないかもしれません。でも、考えてみてください。そこまで考えが至らないことは、私たちにもよくあること。悪気があったのではないのです。
冷静になるとあなたは、今度は逆に子供に申し訳ない気持ちになるかもしれません。怒り過ぎた。そんなに悪いことじゃなかったのに。先走って怒ってしまったから、すぐに許せなかった。そして、もうそのことで怒ることはなく、子供を許すのです。
さて、最初に戻ってみましょう。家に帰ってきて子供がいなかったときのあなたの怒りは、必要だったのでしょうか?事情を知ることで、あなたは許せたのではありませんか?もしそうだとすると、すべての怒りや恨みの元になる出来事に、何か事情があると考えてみてはどうでしょう。
今のあなたには理解できないかもしれません。でも、ひょっとしたら何か事情があってこうなったのかも。そう思えれば、許せるのではありませんか。
すべての出来事には理由があります。偶然に起きることは、何一つありません。すべてが計画され、その通りに起こるのです。そして、人生に無駄なことはひとつもありません。すべてが私たち自身のためにあります。そのことを思ってみてください。
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